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Nana-Blog

褒めることと貶すこと

DQ11の発売日が近づくに連れて、色んな情報が解禁されつつあります。しかし、新情報が出るたびに不満の声があがっているのが現状のようです。

今日はそんな、作品に飛び交う批評のおはなし。

日本だけyoutubeにコメントできない仕様があるのは有名な話です。日本人は群れる傾向にあるので、群れるがゆえに自分の考えを持たず、周りの意見に流されやすい人種といえます。

仮に自分が、Aという意見を持っていたとして、周りの100人がBという意見を持てば、あっという間にBに染まります。単純な数でなくとも、人徳のある有名人1人がCといえば、それで皆がCに染まることだってあります。そのくらい揺るぎやすい考えをもってしまった日本人。そういった環境に慣れてしまうことで、知らぬ間に、何かに依存しやすい人種の出来上がりです。

一説によれば、褒めることと貶すことを比べた時に、貶したほうが快楽を覚えるらしいです。貶したほうが、自分は一流を貶してやったぜ感に浸れる。逆に褒めた場合は、一流を認めてしまった、つまり自分は一流ではないただの一般人という事実を認めることになる、ということでしょうか。

きっと、みんな自分が一般人であることを認めたくないんです。一般人と一緒に群れたがるくせに、一般人には成り下がりたくないんです。なんとも都合のいい人種でしょう。

私も昔は、いちクリエーターらしく承認欲求の世界で生きたいと思ってました。今では身の程を知って昔ほどではなくなりましたけど、それでもまだどこかで褒められたいなって思ってます。じゃないと作品なんて作ってられません。

前まで作品に対して、批判的な意見をよく言っていました。楽なんですよね、批判するのって。批判して悦に浸って、それでおしまい。何も生まれるものはない。そういう思考停止な状態から脱して、作品を褒めるようになったのは、褒めたほうが気持ちがいいからです。人間性として徳を積んだ感があるんです。あとは自分が作品を作っている立場だから、下手に周りを批判できないというのもあります。

現状の私もこんな状況です。なんとも保険のきいた生き方をしてるなと思いますが、無闇に貶しまくってた昔よりはマシな気がします。褒めるにしても、別に嘘をついてるわけではないですしね。

これから先も、ちゃんと自分で考えて、自分の答えを出して、自分の人間性を磨いていけたなら、今のような保守的な見方ではない、心からの賛辞を送れる日がきてくれるといいなと、そう思います。
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